連載ー20 美人画廊

 


 美人画廊 20話 第二章(5)ー2


*映画の出演者で集合写真を撮っていると奈々未さんにピンチが・・・


 警備集合! 
 声が掛かった。俳優陣が到着したのだ。
 スタッフが降りてきた。もうすぐ十二月だというのに、Tシャツにジーンズといういで立ちだ。続いて、撮影のADさんたちに囲まれるように五十嵐隼人、今野レイナ、田村美千代が姿を現した。五十嵐隼人は超イケメン、奈々未は顔を見ているだけで笑みがこぼれるくらいだった。今野レイナはとにかく顔が小さく、十頭身のモデル体型である。芸能人オーラが出捲っている。これが現役アイドルなのだとあらためて認識させられた。
 田村美千代はすでに還暦を過ぎているということだったが、肌がツヤツヤして、同じくらいのオバサンとは天と地ほどの違いだ。
 最後に現れたのが工藤監督とプロデューサーだった。
 奈々未が「よろしくお願いします」と挨拶すると、工藤監督は「どうも、どうも」と上機嫌で片手を上げた。しかし、畠山というプロデューサーは奈々未をチラッと見ただけでさっさと行ってしまった。何だか無視されたような具合である。今日はオーディションを受け、畠山プロデューサーに認められなければいけないのだ。出だしからいきなり不安になってきた。


 スタッフのADさんに呼ばれて奈々未は店内に入った。
 カウンターの中には田村美千代扮するママさんがいた。店の雰囲気にたちまち馴染んで、ずっと前から居着ついているように見えた。その脇には今野レイナが、こちらはいかにもバイトの店員のような感じで立っている。カウンター席には五十嵐隼人が座り小道具のグラスを手にしていた。
「それじゃあ、これから撮影に入ります」
 助監督だという長髪の男性が両手をメガホンの形にした。
「田村さんはこの店のママさんなのですが、実はかつては名の知れた詐欺師でして、そこへバリバリの詐欺師の隼人さんがやってきます。レイナさんはお酒を出しながら、ちょっとこの人普通じゃないと思う。こんな設定ですので、よろしくお願いいたします」
 簡単な状況説明があって、すぐに写真撮影が始まった。俳優たちには、この程度のことなら慣れているとみえて、三人ともスッと役に入った。
 それから三十分ほどかけて何枚も写真を撮り、次に一人ずつカメラに収まった。
「えー、次は、河田奈々未さん、お願いします」
 名前を呼ばれた。ついにオーディションを兼ねた映画の宣伝用の写真撮影に臨むのである。心臓がバクバクしてきた。
「河田奈々未です。よろしくお願いします」
 勝手がわからないので右も左も、誰彼構わずお辞儀した。
 カウンターの中にいた田村美千代と今野レイナが出てきて、奈々未は二人と入れ替るようにカウンターに入った。
「奈々未さん、よろしくね」
 工藤監督が声を掛けた。
「カウンター席にいる五十嵐隼人君にグラスを勧めてください。あなたは詐欺師の役ですからね、詐欺師なんですよ。隼人君を騙す、男を騙すんだという雰囲気を、ちょっと匂わせてもらえませんか」
「はい」
 写真撮影だけだからと言われていたのに、いきなり演技しろという注文である。それも相手は売れっ子アイドルの五十嵐隼人だ。カメラの向こうでは、プロデューサーが苦虫を噛み潰したような顔で見ている。
 どうしたらいいの・・・
 工藤監督も畠山プロデューサーも何も指示を出してくれない。
 奈々未はキャバクラで働いていたことを思い出した。
 お客にとことんお金を使わせ、それをホストに貢ぐ。キャバ嬢と同じこと、毎日のようにやっていたことではないか。
 グラスを差し出し、五十嵐隼人を見た。心の中で「お金、お金」と呟く。
 カメラのシャッターが切られ、フラッシュが光った。
 手が震える、膝がガクガクしてくる。
「はーい、オッケー」
 工藤監督は手を叩いたが、プロデューサーは小さく頷くだけだった。拍子抜けするくらいあっさり終わってしまった。監督やプロデューサーは、この一つのシーンだけで演技ができるかどうか瞬時に判断したようだ。
 何も言われないのだから、きっとオーディションは不合格だったのだろう。
 最後に工藤監督と畠山プロデューサーも交えて記念写真を撮った。奈々未も俳優陣の端に加わった。
 オーディションはダメだったかもしれないが、スターになった気分を味わうことができただけでも十分満足である。


 店内の撮影はこれで終わり、次は店の外で集合写真を撮ることになった。
 外へ出ると見物客はさらに増えていた。スタッフやADさんがロープを張って規制しているものの、押し合いへし合いが始まっている。警備のチョッキを着た商店街のメンバーが手を広げて中に入れないよう制止していた。
 スナック『雪割草』の前に三人の俳優と監督、プロデューサーが立ち、記念の集合写真である。新聞社やテレビも取材に来ているとのことで、あちこちからフラッシュが焚かれた。一通り撮影が終わってから、奈々未も一緒に写真に収まることになった。店内では関係者だけだったが、店の外にはたくさんの観客がいる。美容室の池田さんやパン屋のご主人も手を振っている。スターたちよりも注目を浴びているようでまんざらでもなかった。本当の女優、芸能人になった気分だ。
 そこへ制止を押し切って一人の男が飛び出してきた。脂ぎった顔に、太った図体の男だった。
 奈々未はギクリとした。忘れもしない、その男は今年の春先に愛理と組んで百万円ほど版画を売り付けた画廊のオヤジだったのだ。
「おい、そこの、お前、お前だ」
 男が奈々未を指差した。
「この女は詐欺師だぞ、騙しやがって、トボケてもダメだ。こいつは詐欺師なんだ」
 ガラガラした太い同間声で叫ぶ。
 集まった見物客の前で詐欺師だと言われてしまった。だが、周囲は人が取り巻いていて逃げるに逃げられない。
 男は何度も奈々未に向かって「詐欺師だ、詐欺師だ」と声を張り上げた。
 しかし、いくら男が叫んでも、映画の関係者やスタッフたちはまったく無視している。カメラを移動し、ケーブル線を巻きとって撤収作業を始めだした。
 スタッフが取り合わないのも当然だった。詐欺師が主役の映画を撮っているのだ。
 五十嵐隼人も田村美千代も詐欺師という設定だし、奈々未も詐欺師の役で演技していたのである。詐欺と言われても否定する理由はどこにもない。
 奈々未はスタッフたちがまともに相手にしないのを見て気を良くし、いかにも女優ですよと言わんばかりに胸を張った。
 誰よ、このオッサンと睨み付ける。
 男はますますヒートアップしてきた。規制線を越えて、いまにも掴みかからんという様相である。
 すると、黄色いチョッキを着た警備の男性が男の前に立ち塞がった。
 吉井孝夫だった。
 孝夫は体当たりしようかという勢いで男を押し戻そうとしている。この太った男が版画詐欺に引っかかったことがあり、たまたま奈々未を見つけて詐欺だと騒いでいることを見て取ったのだ。
 奈々未を守るため、普段は見せないような迫力で男を押している。
 ありがとう・・・孝夫さん


 騒ぎを聞きつけて警官もやってきた。大ちゃんだ。
「いいところに来た、こいつを逮捕してくれ、お巡りさんよ」
 男が大ちゃんを見つけて叫んだ。しかし、大ちゃんはそれが耳に入らないかのように男の脇をすり抜けると、今野レイナの元へと駆け寄った。
 スタッフたちが撤収作業を急いだ。俳優たちが乗ってきたバスの方へ戻ろうとしている。大ちゃんはその大きな身体で今野レイナをしっかり抱え、オレンジ色のサイリウムを振りながら規制線を潜って出ていった。
 推しのアイドルに密着して満面の笑みだった。
 工藤監督と畠山プロデューサーが駆け寄ってきた。プロデューサーの畠山氏は先ほどまでと違ってニコニコしている。
「河田さん」
 畠山氏に呼ばれた。
「合格だよ。あなた、見事に詐欺師になり切ったね、オーディション合格」
 そう言ってパチパチと手を叩いた。
「奈々未さん、たいしたもんだよ、あの男が詐欺師だと勘違いするくらいだもの。本物の詐欺師に見えたんだねえ。新人女優の誕生だわ」
 工藤監督も大喜びだった。
 詐欺だと叫んで乱入してきた男のおかげで、奈々未はオーディションに合格したのだった。


 あれ・・・孝夫さんは?
 奈々未が探すと吉井孝夫は道路に転がっていた。見物客に揉みくちゃにされ転倒しまったのだ。
「ふえええ」と憐れな声をあげ、膝をついて四つん這いになった。
「あら、孝夫さん、跪いてプロポーズしてくれればよかったのよ、土下座までしてくれなくてもいいのに」