連載ー19 美人画廊

 


 
 美人画廊 19話 第二章(5)ー1


 美容室の池田さんが来た。商店街の事業局だというインドカレーのお店をやっている人も一緒だった。
 奈々未はその事業局長から、ポスターのモデルになってもらえないかと頼まれた。商店街の大売り出しセールに使うのだそうだ。社長の孝夫も了承してくれたので引き受けることにした。モデル代は出ないというが、これも地域のためである。
 ポスター撮影の日、パン屋、肉屋、自転車屋、クリーニング、スーパーなどを回って写真を撮った。奈々未はお店の看板の前でにっこり笑ってポーズをとったり、店長と一緒に写真に収まった。
 商店街のはずれにあるスナックでも写真を撮ることになった。『雪割草』という店だった。しかし、七十代のマスターは、「もうすぐ店をたたむから」と断った。奥さんが病気になり、一人では店を続けられなくなったそうだ。
「奈々未さん、あなた、ママさんの代わりしてあげたら」
 美容室の池田さんが言った。
「美人ママ、お客さんがドッと来ること間違いないわよ」
 奈々未は以前キャバクラにいたから、お酒を出したり、お客さんの相手をするのは得意である。もっとも、スリットの入ったドレスで男性の膝の上に跨ったりしたら大騒ぎになるだろう。スナック『雪割草』はシックで落ち着いた雰囲気の店だ。


 週末にはラファエル前派の展示を見るためにお客が大勢訪れた。
 新堀画廊には、お馴染みの『魔法にかけられるマーリン』『プロセルピナ』に加えて、今回は『眠り姫』『オフィーリア』『ベアタ・ベアトリクス』や『燃える六月』などが展示されている。英国世紀末絵画の神髄を余すところなく展観しているのであった。
 さらに、本地画伯が描いた奈々未の横顔と、ワッツの『選択』も並んで掛っている。むしろこちらがメインかと思うくらいの人気だった。奈々未は自分がモデルになった絵と同じようなポーズをとった。横顔を見せて、軽く手を添えると、誰からともなく「はああ」と、ため息ともつかぬ歓声が上がった。雑誌の編集長やイラストレーターは「見れば見るほどきれいだ」「魂を抜かれそうになる」などと口を揃えて言った。
 褒めるを通り越して崇め奉られているくらいだ。奈々未は気を良くするどころか、すっかり舞い上がってしまった。


 夕方、映画監督の工藤氏が来店した。工藤監督は、詐欺師をモデルにした映画の宣伝写真を撮るので奈々未にも写真撮影に参加するようにと言った。返事など聞かずに、もう頭からそれと決めているのである。しかも、撮影に選んだ場所は、商店街にあるスナック「雪割草」だった。わざわざ近くで撮影すると聞かされて断れなくなった。
「今回は宣伝用の写真を二、三枚撮るだけ。演技はしなくていいですから、見学するつもりで気軽に来てください」
「主演の俳優さんたちも来るんですか」
「全員揃うよ。五十嵐隼人、今野レイナ、田村美千代も来る。ブラジリエの版画をプレゼントしたのが功を奏したってわけだ」
 奈々未が新堀画廊に売りつけたブラジリエの版画が役に立ったというのである。社長の孝夫には多額の出費をさせてしまったが、これでスッキリできた。
「そこに混じるんですか・・・私が」
 美人だ、きれいだと褒められても、そこはやはり一般人のレベルでのことだ。俳優やタレントと並んだら、とても太刀打ちできないだろう。
「大丈夫、奈々未さんならどこでも輝くよ・・・ただし」
 工藤監督がちょっと厳しい目になった。
「映画のプロデューサーが、奈々未さんのことを自分の目で確かめたいって言うんだ。だから、オーディションを受けてもらうことになった」
「オーディション」
「簡単な、形だけのものさ。審査員の前で演技をしたりセリフを喋るのとは違う。詐欺師の雰囲気だけ出してくれればいいんだ・・・どう、やってもらえないかな」
「詐欺師の雰囲気ねえ・・・」
 工藤監督からは雰囲気を出せという注文である。セリフや演技は経験がないけれど雰囲気だけならなんとかなるかもしれない。
 そもそも、詐欺師の役なのだから、あえて役作りするまでもないことだ。


 それから十日ほど後、十一月の末のこと、映画『詐欺師の誘惑』の宣伝用写真撮影がおこなわれた。
 時間は午後三時、そろそろ夕飯の買い物で賑わう時間帯だ。商店街には噂を聞き付け人たちが集まり始めていた。日頃からイベントがない場所柄だけに、アイドルスターが来るのは商店街にとって一大事なのである。もっとも噂を広めたのは誰あろう美容室の池田さんなのだった。
 河田奈々未はスナック『雪割草』の店内でメイクさんに化粧をしてもらっていた。
「今日は写真撮影だから軽~く塗るだけにしましょうね」
「初めてなもので、なんか落ち着かないです」
「大丈夫よ。奈々未さんはゼンゼンきれいだし、女優ライトを当てれば、スターと一緒よ」
 『雪割草』の店内ではスタッフが撮影の準備をしている。
 店内はカウンターとテーブル席が二つというこじんまりとした造りだった。カウンターは黒光りして、いかにも年季を感じさせる。スタッフによってテーブルと椅子が片付けられ、照明スタンドやカメラが置かれた。床にはケーブル線やらモニター機材を繋ぐコードが渦を巻いている。
 照明が点灯された。とたんに店内は煌々とした輝きに包まれる。今回は写真撮影だけだが、映画の撮影となるともっと大掛かりになるそうだ。
 いよいよだと思うと緊張と不安がこみ上げてきた。奈々未はスタッフに断って店の外に出てみた。
 スナックの前では、商店街の青年局のメンバーが黄色のチョッキを着て集合していた。青年局は見物客の整理が担当である。五十嵐隼人を見ようという女の子、アイドルの今野レイナが目当てのオタクたちから守るのが役目だ。新堀画廊の吉井孝夫も端の方に所在なげに立っていた。何だか頼りなさそうだ。こんなことで警備が務まるのか心配になってくる。
 社長が警備なのに比べて、奈々未はスター並みの扱いである。優越感に浸る思いだ。
 そろそろ俳優を乗せたロケバスが到着するとあって、道路は通行止めになり、警察官が白く塗られた警棒を片手に交通整理に当たっていた。美容室の甥、岩山大吉こと大ちゃんも、自転車や見物人を誘導している。なにしろ身体が大きいのでひときわ目立つ。
 奈々未が近づくと、大ちゃんは「あわわ」と大げさに驚いた。
「どうしたの」
「きれいです・・・普段の十倍きれいです」
「うれしい」
 早くも女優メイクの効き目が出た。
「だけど今野レイナはこんなものじゃないわよ。だって、まだ十八歳だっていうじゃない、それに比べたら、私なんかオバサンだってば」
「レイナちゃん、もうすぐ来るんですよね」
 いつもに増して大ちゃんの声が高い。裏返っているくらいだ。
「あんたが緊張してどうするのよ。これからが大ちゃんの見せ場なの、交通整理ちゃんとやってよ」
「レイナちゃんを間近で見られるんですよ、ひとり占めしたいくらいだ」
 大ちゃんが警棒を回した。他の警官は白い警棒だが、彼が手にしているのは先端部分がライトのタイプだ。
「その警棒でしっかり守ってあげなさいね」
「はい。レイナちゃんはサイリウムカラーがオレンジなので、警棒もオレンジ色に改造しました」
 警官であることを忘れてオタクになり切っている大ちゃんである。


 奈々未は吉井孝夫の側へも行った。
「うわっ」
 大ちゃんと同じ反応をして孝夫がのけ反った。男は誰でも似たり寄ったりだ。
「はあ・・・眩しいくらいに美しい」
「みんなに言われてる。でもね、これでも軽めにしてもらったの、バッチリメイクしてアイドルより可愛くなったら、申し訳ないじゃない」
「どこから見ても女優だ。オーディション受かる、絶対受かるよ。僕はここで見守るしかできないけど」
 孝夫が「警備」と書いた腕章を安全ピンでとめ直した。
「ふふ、私のような美人を恋人にして、ご感想は?」
「幸せです。奈々未さんと巡り逢えて良かった」
「だったら、プロポーズしたら? そうだわ、この大勢の人の前で結婚してくださいって言うのよ」
 撮影のイベントで周囲がざわつき、気分が高揚している今こそ、告白させる最高の機会だ。
「跪いて指環を差し出してくれなくちゃイヤ」
 アスファルトを指差した。
「映画でよくあるシーンみたいに」
「そう言われても、指輪はまだ買ってません」
「ドジ・・・誕生石はエメラルドだからね」
「いいタイミングで告白させていただきます」
 スクリーンみたいにはうまくいかないけれど、孝夫は本気でプロポーズすることを認めたようなものだ。
 ついでに、どさくさに紛れて、元カレのこととか、過去のことを一切合切ぶちまけておこう。女優メイクをして、美人度がアップしているのだから丸め込むにはもってこいだ。
「私、詐欺みたいなことしてたでしょう、こんな女でもいいかしら」
 最初はおとなしく下手に出てみる。
「もちろん、それがきっかけで出会ったのですから」
「元カレがいたことも話したよね・・・歳は三つばかり誤魔化してたし、履歴書には書かなかったけどキャバ嬢だったし、あとは・・・」
 指折り数えたが片手では足りなくなった。男性遍歴となると足の指まで使わなくてはならない。
「まだあるんですか」
「パパ活してたこともあるんだけど、それも認めてね」
「今の奈々未さんが好きなんです・・・しかし、パパ活とは・・・まあ、それも容認します」
「良かった。ホスト狂いしてこともオッケーよね」
「ホスト狂い!」
「声が大きい、みんなに聞こえたらどうすんのよ。貢いだのはせいぜい数百万円だけだから」
「数百万円!」
「とっくに知ってると思ったんだけど」
「やっぱり、詐欺師だ」


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