連載ー6 美人画廊



 美人画廊 6話 第一章 (3)ー2


 *画廊にやってきた映画監督の話から思わぬ展開が・・・


 またしても詐欺の話か・・・
 オレオレ詐欺を取り締まると意気込む警察官とか、詐欺師の映画を撮影するとか、詐欺に因んだことばかりだ。奈々未は自分のことを責め立てられているようでいたたまれなくなった。閉店時間にはまだ一時間ほどある。早く帰ってくれと願った。
「五十嵐隼人の相手役はアイドルの今野レイナだ」監督が言った。「この話はまだ公表してない。二人とも人気者のアイドルだから、追っかけファンが多くてね」
 秘密と工藤監督が何度も念を押した。
 今野レイナ・・・奈々未はその名前には聞き覚えがあった。美容室の池田さんの甥、つまり、お巡りさんが推しているアイドルだ。まだ情報解禁の前だけど、教えてあげたらさぞ喜ぶだろう。
「騙されるおばあさんが、実は、その昔は名の知れた詐欺師だったというストーリーでさ、これが田村美千代なんだ」
「ほう、それは見ものですね」
「彼女、ウマ年だから、馬が好きでね。伊豆に越したのも、近くに牧場があるので、乗馬をしたいんだとか。そこで馬の版画の出番だ」
「馬の版画をプレゼントして口説き落とそうというわけですね」
「ご明察」
 さっそく、工藤監督がブラジリエの馬の版画を買ってくれることになった。奈々未が詐欺まがいで持ち込んだ版画が右から左へ売れたのである。これなら、詐欺をやった甲斐があったというものだ。
 監督は、自分の事務所へ送ってくれと言った。ポケットマネーから出すのではなく、映画製作の必要経費で落とすようだ。その証拠に値段も聞かなかった。
 それなのに吉井孝夫は「十五万円」と言ってしまった。奈々未から買った値段、つまり仕入れと同額である。これでは儲けはゼロだ。人がいいのを通り越して、あまりのバカ正直さに呆れた。
「田村美千代への手土産となれば安過ぎるんじゃないか」「そりゃそうだ、なにしろ主演女優賞を何回も取っているし」編集長も英文学者の樋口先生も口々に言う。
 孝夫があまりにも商売っ気がないので、奈々未は、
「ブラジリエ、二枚ありますよ」
 と売り込みにかかった。
「おや、奥さんの方が商売がうまいわ」
 奈々未が「バイトです」と訂正してから、もう一枚のブラジリエの版画を持ってきて見せると工藤監督は、二枚とも送っておいてくれと事もなげに請け合った。
 一点が十五万円なので儲けはないが二枚とも押し込むことに成功した。


 ところが話はそれで終わりではなかった。
「バイトの彼女・・・」
 工藤監督が奈々未に迫ってきた。
「奈々未です」
「奈々未さんか。いいねえ、美人だ。こういう人を探していたんだ。どうだろうか、僕の映画に出てくれないかな」
「私が映画に・・・ですか」
 いきなり映画に出演しないかと持ち掛けられた。
 美人だ、女優のようにきれいだと言われるのはうれしい。けれども、奈々未は演技の経験などないから、とうてい女優が務まるとは思えない。とはいえ、版画を購入したもらった手前、断りにくい状況ではある。
「原作本は何十万部突破というベストセラーだから映画も必ずヒットする」
「どんな役なんです、奈々未さんは」
「そうだねえ・・・台本を修正して、新しい人物を登場させることにしよう。形だけでもオーディション受けてくれないか」
 監督はいかにも出演決定だと言わんばかりだ。
「奈々未さんが演じる謎の美女、実はこれも詐欺師の仲間だったなんてね、これはウケるな」
 奈々未の役は詐欺師であると言われた。詐欺師なら地のままでいける。
「こうやって、口説くんですよ、監督は」
「そりゃあ、こんな美人、口説きたくもなるさ」
「ダメですよ、社長の奥さんになる人だから」
 英文学者の樋口先生が助け舟を出してくれたが、奥さんと言われてしまっては、その助け舟も頼りにならない。
「バイトですったら、それも今日までなんです」
「今日までか、それは残念だ・・・でも、いい時に来たね、こんな美人と巡り逢えて」
 工藤監督はゆっくり立ち上がった。
「それじゃあ、田村美千代を口説き落としてくるとするか。版画頼んだよ、急いで送ってくれ」


 お客が引き揚げてコーヒーカップを洗っていると、孝夫も拭くのを手伝ってくれた。
「売れたね、ブラジリエの版画。それも二枚とも売れた」
「奈々未さんのおかげです」
「二十万円とか言えばよかったのに、十五万はないよね」
 孝夫は、売るのは得意じゃないんだと小さな声で呟いた。
「これで詐欺とは言わせないからね」奈々未は肘で孝夫を軽く突いた。「ラッセンも売り込めばよかったかな」
 バイトの期間中にブラジリエの版画が二枚とも売れた。孝夫は想定外だったようだが、奈々未もまさかこんなに早く売れるとは思ってもいなかった。この調子なら、残ったラッセンもいずれ買い手が付くだろう。孝夫が詐欺だと承知の上で買ってくれたことに後ろめたさを感じていたのだが、そのモヤモヤも半分くらいは晴れた。
「どうしますか、映画の話」
「出るわけないでしょう。演技なんかできないもの」
「そうですか、先日は名演技に危うく騙されるところでしたよ」
「カメラの前では無理です」
 肘で思い切りド突くと孝夫がグフっと呻いた。
「せっかくのチャンスだから、逃す手はないと思います」
「そうねえ、女優か、迷うなあ」
 奈々未はコーヒーカップを棚に伏せた。
 やはり女優は無理だと思った。映画の話はなかったことにしよう。どのみち、孝夫にも誰にも連絡先を教えていないから、あの監督から連絡が来ることはないのだ。
 片付けが終われば、あとは帰るだけである。
 それから二階の部屋へ上がった。丈の長いワンピースを脱いでハンガーに掛け、細身のデニムと若草色のシャツに着替えてジャケットを羽織った。
 仕事中はウエストを締め付けないドレスだったのでデニムを穿くとちょっと苦しくなった。このところお腹がプニプニしてきた感じがする。三十歳を過ぎたら、一度付いた肉が取れにくくなった。
 今日でバイトも終わりだ。向かいの美容室の甥が警察官だから心配していたが、どうやら警察には通報されなかったようである。
 スマホを片手に階段を下りる。
「じゃあ、これで、帰りますね」
 奈々未が挨拶すると孝夫は、
「明日からも来てもらえませんか」
 遠慮がちに言った。
「約束は三日間だけ、そうだったでしょう」
「奈々未さんが版画を売ってくれたのには感謝してます。三日で、九枚」
「ブラジリエも入れたら十一枚よ」
 全部、奈々未が売ってあげたようなものだ。これ以上引き留められないうちに帰ろうと、玄関のドアノブに指を掛けた。
「じゃあね・・・」
 そこで思い出した。
 忘れてきた・・・
 ロングドレスをハンガーに掛けたまま二階の部屋に置いてきてしまったのだ。
 奈々未は少し開けたドアをバタリと閉めて振り向いた。
「バイトの話ね・・・」
「来ていただけるんですか」
「続けて欲しかったら・・・もっと丁寧にお願いするべきよ。そうでしょ、私が版画を売ってあげてるんだから」
「お願いします、奈々未さん」
 孝夫が腰を折ってお辞儀をした。
「社長にそこまでされたら、来るしかないわね」
 女優の話には未練があるし、結婚詐欺も・・・


     ・・・・・・・・・


☆7月3日☆
 連日の猛暑、続いて台風接近。