ウトパラの蓮 その1

 新作の小説、ウトパラの蓮を少しだけご覧ください。


 ウトパラの蓮


 ここは横浜のみなとみらい地区にほど近い画廊である。
 今日の展示を終え、この時間はすでに閉店していた。隣のビルの灯りに照らされて店内の様子は薄ぼんやりと見えている。
 画廊の入り口近くの壁に掛かっているのは曼荼羅の水彩画だ。いずれも幾何学模様で、蓮の花のような文様も見られる。色彩も鮮やかだ。
 奥に目を移すと、そこには二点の水彩画と、習作のデッサンが掛かっている。水彩画のうち一点は緑色の薄い衣装をまとったターラー菩薩像で、もう一点は仏様がすべて女性の姿で描かれた曼荼羅である。
 ターラー菩薩像は羽衣のような衣装を肩から掛けてはいるが、ふくよかな胸の膨らみがはっきりと見て取れる。衣装の下は素肌で、首飾りの金具でバストトップは巧みに隠されていた。肩の辺りには蓮の花が描かれ、右手には青いウトパラの蓮を持っている。このターラー菩薩は女性の菩薩であり、観音様の救済から漏れた人を助ける役割を担っている。ウトパラの蓮はターラー菩薩の象徴だ。
 仏様がみな女性の容姿で描かれた曼荼羅は、大日如来も阿閦如来も裸体である。こちらは胸を覆い隠す物は何もない。
 習作のデッサンは裸で抱き合う男女の守護尊像だった。守護尊はあまり馴染みがないが広い意味では仏様の仲間である。
 裸体の菩薩に女性形の大日如来。いずれも、仏教画としては異例の作品である。これらの菩薩や仏様が描かれたきっかけは公園の花壇にあった・・・


【1】ー1


 秋山達也が最初にその花壇を見たのは四月の半ばのことだった。
 神奈川県の県央にある海老名市、その駅前広場はいつでも賑やかだ。ここは相鉄線と小田急線、それにJR相模線が乗り入れている。駅前は、ビナウォークといって商業施設の入ったビルをぐるりと取り巻く回廊がある。そのビルは意匠の凝った造りで、赤や青に塗られた三角屋根があったり、大きく飛び出した出窓もある。広場にはトロッコ列車が走り、七重塔まで建っている。この広場で人気ミュージシャンのコンサートを開いたり、商店街のお祭りもおこなわれる。
 朝の九時半なのでまだ人出は少ないが、それでも、すでにビルの開店を待つ人が入り口に並んでいた。
 秋山は改札を抜けると商業施設の方には向かわず、駅前を右に折れた。この道は市役所に通じている。しばらく歩いてまた右へと曲った。ここまで来ると、駅前の喧騒とは打って変わって住宅地になり、ところどころ畑も点在していた。
 ベビーカーを押した母親を追い越した。おそらく行先は同じ公園であろう。まもなく、「公園遊び」と書いた幟り旗が見えてきた。


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*こんなふうに始まります。